ほろ苦い香港の100万ドルの夜景とルームサービス〔中編〕

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投稿日:2018-11-06 更新日:

VIPだらけの視察団に添乗員として同行した私。

寝る間もなく意識がもうろうとしながらも何とか大過なく最終日前夜を迎えることができました。

そこで事件が…

今回の記事はHaruがご案内いたします。

出国前夜

香港への出国 万全を期して

明日の朝は中国から香港への出国です。

中国・広東省・深セン市のホテルに着いた後に、念のために、香港のランドオペレーター(現地手配旅行社)にFAXを送っておきました。

国際電話はお金がかかるので電話は緊急の時以外は使いません。

「ここまでツアーは極めて順調。明日は○○時に☓☓ホテルへバスとベンツの手配よろしくね♪」

ってな感じです。

特にこの視察団の香港への出国は車の手配が大事です。

明日の朝、香港の旅行社が手配したバスが香港から深センのホテルまで迎えに来てくれる手はずになっていました。

 

夕食から戻ると胸騒ぎの伝言

夕食のレストランからホテル戻ると、フロントから電話があったことを伝えられました。

香港のランドオペレーターからです。

「香港から電話?何かあったのか……。」

国際電話は滅多に掛けませんが、嫌な胸騒ぎがして、香港の旅行社に電話を掛けました。

「はるさん、明日のバスですが…、手違いでナンバープレートが違うんですが…。」

香港出国の段取り

香港出国には視察団ならではの段取りがありました。

陸路での中国-香港ルート

香港への陸路による入国ルートは何か所かあります。

上記の地図は現在のもので当時何ヶ所のイミグレーションがあったかは、覚えていませんが、3ヶ所以上はあったと記憶しています。

国境の出入国手続きをする場所として、私たちは「文錦渡(ぶんきんと)」を選びました。

各イミグレーションごとの車両制限

交通量分散による渋滞緩和のために、各「関所」を通ることができる車に制限が設けられていました。

例えば、

『月曜日に文錦渡を通過できるのはナンバープレート下一桁の数字が1の車だけ』

と、いった具合です。

香港のランドオペレーターから連絡があったのは、今回手配した車がすべて『文錦渡』ではなく『羅湖(らこ)』が通れるナンバープレートが付いている車両だと言うのです。

問題となる出入国手続きと車両の関係

香港に行くだけなら通過できる『羅湖』経由で行けばいいわけです。

その事は手続き上は別に問題はありません。

問題は…、

『接遇』です。

『便宜供与』です。

今回、便宜供与を受けるために国境の関所として、『文錦渡』を選んだ私たちには、文錦渡を通行できるナンバープレートを付けたバスやベンツが必要なのです。

難しいイミグレーションポイントの変更

便宜供与を受けるイミグレーションを変更することはあり得ません。

何せ中国・香港双方の行政にかなり前から頼み込んでやっていることです。

こちらの不手際が原因で簡単に変えられるような話ではありません。

リカバリー、始まるっ!

すぐに手配せよ!

私は香港のランドオペレーターに、すぐに車の手配をするように指示しました。

しかし、担当者は…

「今はハイシーズンで中国との行き来をできる車はすべて押さえられています。今からでは無理です!」

私は、少し声を荒げて、

「手配書で何回確認したことだと思ってるの?どうにかしてよっ!とにかくあたって!動きがあったら、部屋まで電話して!」

指示ともつかない言葉を吐きました。

現地手配は会社の先輩である業務担当のお姉さまがしてくれました。

当然、何度もこの点の重要性を伝えて手配依頼をし手配完了の連絡もFAXでもらってます。

私が現地に持参している旅程資料の中にも入っています。

にもかかわらず…。

会社に応援要請

私は自分の会社に電話をし状況を説明し、会社からもしかるべきルートで車の手配のプッシュしてもらうように上司にお願いしました。

祈るような気持ちです。

上司からは、

「状況はわかったから、やるだけやってみる。30分経ったらもう一度電話をくれ。」

との指示でした。

待つのも仕事の添乗員

とりあえず、この時間は待つしかありません。

旅行の仕事はこうやって「自分ではどうにもならないこと」を祈りながら待つしかないことがとても多いです。

とりあえず今日と明日にやらなければならないことを済ませなければなりません。

この後、何が待ち受けているかわからないのでやれることは空き時間にやっておかなければなりません。

ディビエーターのパスポートと航空券のお渡しなどを今のうちに…。

会社からの悲報

30分が経ち、私は会社に電話をしてみました。

上司からは、

「手を打ったが…、ダメだ。中国の旅行社にもプッシュしたが車がないことにはどうしようもない。金ではどうにもならない状況だ。」

「そ、そうですか…。ど、どうすれば…。」

「こっちでは、どうにもならない。そっちでどうにかしてくれ。以上だ。」

「……。わ、わかりました。」

自力で乗り越えるしかない!

仕方ありません。

自分でどうにかするしかありません。

まずは、もう一度、香港のランドオペレーターへ電話をしてみました。

「だめです。どうにもなりません。どうか今手配している車を使って『羅湖』からの入国でお願いします。」

私はどうすればいいのか何の解決策もないまま、

「とにかく引き続き努力して欲しい。もう一度後で電話するからつながる様にしておいて。」

と指示を出すと、ランドオペレーターの彼女は、

「わかりました。」

とだけ答えてくれました。

正直なところ、自分でどうにかしなければと思ってみたものの、万策尽きた感があります。

私にできるのはこの程度のことでした。

避けられない報告

もう事務局に内緒にしているわけにはいきません。

既に主要な行程を終え安堵感が漂う事務局の詰所へ行き、事情を説明しました。

一気に重苦しい雰囲気です。

便宜供与が大事なわけ

別に香港に行くのに支障があるわけではありませんから、事情を説明すればわかってくれるのでは?

そう考える方もいるかもしれません。

ですが、こういった視察団では、ある意味、こういった便宜供与がうまくいくかどうかは旅行会社の良否判定に大きくかかわるので、ここで失敗するのは大きなペナルティです。

団長のメンツ

行政に便宜を図ってもらえるかどうかは、参加者の「身分」によります。

従って、どれだけ便宜が図れるかは「団長の顔」を表しているとも言えます。

当時まだ経済発展が途上の中国は日本の投資を発展の足掛かりにしたいと、かなり積極的にこの様な視察団を招聘していました。

特に香港に近い広州・深圳という交易の拠点を持つ広東省は省を上げて活動していました。

日本法人の投資マネーに対する歓待ぶりは凄まじい状況でした。

この視察団は広州の空港ではタラップを降りてそのままバスに乗り込み、空港建物などに入ることもなくそのままパトカー先導で市内を通り赤信号も通過してホテルにチェックインしています。

混雑著しい沿岸地域の大都市の大通りを警察が完全にシャットアウトしてこの視察団を先導してくれて、「もてなし」を演出していたのです。

そんな「団長のメンツ」が立って鼻高々な旅程で、中国-香港のイミグレーションでバスから降りて手続きをさせるのは、完全に旅行会社の大きな不手際となるのです。

団長へのご報告

とにかく団長に伝えなくてはなりません。

事務局からも私は、

「何故?」

と、強く詰問はされましたが、それでも同じ「裏方」としてやってきた間柄なので、「私のせいではないこと」を多少斟酌した対応をしてくれました。

でも、団長さんはそうはいかないでしょう。

とても気が重いです。

第一報は主催者である事務局の責任者から団長さんへ報告されるわけです。

団長同行の秘書室長にまずは説明しに行くから一緒に来るようにと事務局から指示されました。

続きは…coming soon!

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-添乗員こぼれ話

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