旅行会社営業マンの悲喜こもごも

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添乗員のこぼれ話ではありませんが、今回は旅行会社の営業マン時代の話を書きたいと思います。

私にとって旅行という仕事が好きだった理由

私は20代をほぼ旅行会社の仕事に打ち込んできました。

とても好きな仕事でした。

自分のした仕事に対して直接お客様の反応を知ることができる点、お客様は「『楽しみ』を求めてやってくる」というところが、私が旅行の仕事が好きだった理由だったと思います。

オフィスにずっとこもるのもあまり得意ではないですし、人と接するのも好きでしたし、何より、「同じ仕事が二度とないというくらい、毎日いろんなこと」が起きました

とても性に合っていました。

実際は大半が胃が痛くなったり、ストレスで逃げ出したくなるような日々ではあったのですが…。

そんな旅行の仕事をしていて一番の私の楽しみは何だったかというと…

旅行会社に勤めていて一番の楽しみ

もちろん、お客様から私を撮ってくれた写真が同封されたお礼状などを頂くと、この上なく嬉しく喜んだものです。

でも、

「一番」

と、問われたら、

「毎月締めるツアーごとの損益の集計値を見るとき」

と答えるでしょう。

私たち営業マンは自分が担当したツアーごとに売り上げがいくら、かかった経費がいくら、差し引きの「粗利」がいくらと集計した表を毎月営業部長に提出していました。

私はこの集計表をトータルして自分がいくら売り上げて、いくら儲けたかを知るのが、何よりも楽しみで働く励みでもありました。

ゆるいノルマの会社での営業成績の意味

営業マンというと「ノルマ」がつきものですが、私の会社はそういうのが比較的「ゆるい」会社でした。

でも私は自分なりの目標を設定して、それに到達しているかどうかを集計していました。

そして目標達成を確認することが楽しみだったのです。

社長には、

「君は利益率が高すぎる、もっと安くしないとお客さんに逃げられる」

なんて言われていましたが、上司の決裁が下りれば決して意味のない値下げはしない主義でした。

その代り、パンフレットには表れないようなところにお金をかけたりもしました。

プロの添乗員さんの仕事ぶり

自分が添乗するツアーはもちろんですが、派遣添乗員さんに任せる時も現地で自由に使っていいファンドを結構潤沢に設定していました。

派遣添乗員さんは、私たち旅行会社の営業マンよりも添乗員としてはプロフェッショナルです。

ですから、その手腕を私は尊敬もしていましたし、信用もしていました。

ですから、預けたお金以上の喜びをもたらしてくれることを知っていましたし、信用すれば、より「いい仕事」をしようと張り切ってくれたからです。

旅行の仕事は水商売?

旅行の仕事は水商売的な要素があります。

目に見えない、「楽しみ」とか「心地よさ」を売る商売ですので、「データ」では表現できないものがあります。

同じことをしても、Aさんからされると嬉しくてもBさんからされるとさほどでもない、そんなパーソナリティにも依存します。

そんなところもこの仕事の魅力かもしれません。

確かに相見積りの厳しい業界ですので値段で勝負しなければならない時もありますが、他社に引きずられて安値を追求してホテルのグレードを下げたりして印象の悪いツアーをやってしまうと、次からそっぽを向かれてしまいます。

逆に一度印象の良いツアーを提供すると、お客様は値段以外の価値を評価してくれます。

インターネットの無い時代の旅行会社営業マンの価値

幸い、私が旅行会社にいた頃はメインのディスティネーション(旅行目的地)が中国だったせいもあり、値段では買えない「手配力」みたいなものに価値がある時代でした。

インターネットなんて普及していません。

細かな情報を持っていないと組めない日程とかが存在しましたし、特別料理を提供するときにかけたお金の分だけのグレードを得るにはどうしたらいいかなどのノウハウがありましたので、お客様がリピーターとなってくれました。

営業マンとしての通信簿

私のいた会社は、営業成績に関して厳しいノルマが無く、その点についてはとても「ゆるい会社」でした。

でも、先述のように私は自分の意志で毎月自分の損益データを集計して記録していました。

仕事にパソコンなんて使ってい無い時代ですから、エクセルではなく手書きの集計表でした。

私は誰かに褒められなくても、「損益の集計値」の結果を見て、「これがお客様から頂いた私の評価」だと思っていました。

だから、損益が良ければ嬉しかったですし、悪ければ、もっと頑張ろうって思いました。

ちなみに営業ノルマは「ゆるい会社」でしたが、担当するツアーの量は沢山あり、数ヶ月1日も休まず、残業代は1円も出ず、100時間以上、添乗などを含めた休日出勤を含めれば200時間なんて残業もしていましたので、決して「楽な会社」ではありませんでした。

旅行の仕事におけるクレーム

時には運悪くお客様の意にそぐわない旅行となってしまい、クレームを頂くこともあります。

もちろん自分の手配ミスなどであれば仕方がないのですが、それ以外のクレームには私は絶対に応じないというポリシーも持っていました。

旅行の仕事は形がないし、天気とか、交通機関のトラブルとか、私たちの力ではどうにもならないことで旅行の良しあしが決まったりすることもあります。

そういう理由で、クレーム(但し、日本人はクレームを「察してほしい」という感じで言ってくることが多いですが)があっても、結果として望んでいるであろう旅行代金の返金は絶対にしませんでした。

話を十分に聞いてしぶしぶでも納得してもらうということになりますが、意見が平行線で決裂してしまうこともあります。

クレーム対応で決裂したお客様とのご縁

あるとき、何度も私の会社をご利用頂いて旅行されているお得意様が帰国後にお電話したところご立腹でした。

結局のところ「誠意を見せろ」ということになるのですが、いつもの通り、私はその点に関してははっきりとお断りしました。

結局、ご立腹のままで、「わかったよ、じゃぁいいよ!」という感じで電話を切られてしまいました。

私は、その時とても悩みました。

お得意様で何度も私の会社を利用して頂いているのだから、理由はともあれ納得させられないなら返金などの対処をとるべきなのではなかったかと…。

上司には話をして、

「対応は間違っていない。それで次がなかったとしても、それは仕方がない。」

と、言ってはもらっていたので、少し慰めにはなりました。

それでもとても仲良くして頂いていたお客様で、いつも電話ごしに、出発までの「ワクワク感」を伝えてくれる「素敵なお客様」だったので、これっきりになってしまったら…と気に病んでいました。

それでも時候の手紙は欠かさずに出していました。

そのお客様はいつも同じシーズンには欠かさず出かけるのですが、次のシーズンにまた、

「今年もまたよろしく頼むよ」

という電話がいつものように入ってきました。

私はその電話が来た時に、本当に涙が出るほど嬉しかったです。

もう、大声で庄屋の店員のように、

「ハイ!よろこんで!」

って感じでした。

こういう時、

「本当にこの仕事って楽しい!」

って心の底から思えました。

上司も一緒に喜んでくれました。

悔しいクレーム対応の汚点

もちろん、こんなハッピーエンドばかりではありません。

私は一度だけ、帰国後のクレームに応じて返金したことがあります。

もちろんツアー代金全額ってわけではありませんが、オプショナルツアー代金はまるごと返金です。

そのツアーはかなり特殊なツアーで、クレーム対象となったオプショナルツアーはそのツアー参加者はほとんどが暗黙の了解となっていました。

でも、そのお客様は「特殊なツアー」の見込み客とは全く異なる「一般のお客様」で、そんな暗黙の了解は知らずに参加されました。

確かにパンフレットにはそのことをうたっていません。

私が「暗黙の了解を知っているその筋の人」以外の参加者を想定せずにパンフレットを作成したのが原因です。

明らかにこちらの不手際でした。

私はとても悔しかったですが、返金に応じることにしました。

先ほど紹介したお話に出てきた「あんなに親しいお客様ですら返金には応じないポリシー」を貫いたてきたのに、こんな簡単なミスで返金に応じてしまうとは…。

かなり情けなく感じました。

私は本当に、

「この悔しさは絶対に忘れるものか」

と思いました。

自分のミスと「仕方ない」ことは違う「悔しさ」

以前の記事で、接遇の失敗のことを書きました。
                

あれもとても辛い思い出ではありますが、「仕方がない」と割り切るべき内容でした。

自分の不甲斐なさで情けなく感じたのは、この返金をしたときが一番でした。

「仕方がない」と割り切るわけにはいかない内容でしたから…。

ですから私はパンフレットを作るときには、「お客様が行きたくなるようなものにしたい」という気持ちとともに、それまで以上に細心の注意を払って作るようになりました。

旅行は私にお金では買えない経験を与えてくれた

私は旅行会社時代に本当に毎日いろいろな経験をしました。

怒鳴られもしましたしお客様から無理難題を言われて、悪戦苦闘して胃が痛くなることもしばしばでした。

6畳一間の「ビックリハウス」で、やり場のない怒りを鎮めるために、押し入れに入った布団の中に頭を突っ込んで、大声で「馬鹿野郎っ!」なんて叫んだこともあります。

決していい思い出ばかりでは無かったのに、むしろ辛いことの方が圧倒的に多かったこの仕事がとても好きでした。

残念ながらこの会社は現在は存在しないのですが、いまだにこのときに一緒に働いていた先輩、後輩とは時々飲んでは思い出話に花を咲かせたりしています。

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